神は人口100万人を超える社会で現れる…なぜ人間は宗教を信仰するのかを人類史データで解析

人を裁く神は人口が100万人を超え社会が複雑化すると出現する傾向にある…とする研究が話題を呼んでいます。「セシャット(Seshat)」と呼ばれる人類進化史に関する大規模データベースを構築したうえで、そのビッグデータ解析によって、慶應義塾大学やオックスフォード大学などの研究グループがネイチャー最新号に論文を掲載しました。この記事ではなぜ100万人を超えると人を裁く神への信仰が出現するのかを考察するツイートをまとめてみました。

人間はなぜ神や宗教を信仰するのか。これまでの通説は神を信仰することによって社会の大規模化、複雑化が可能になったというものでした。

しかし、この順序が逆であるとする新研究が出現しました。

研究の内容は、神への信仰によって社会が大規模化するのではなく、社会が100万人を超えるほど大規模化、複雑化すると神が現れる…というものです。

この研究結果は、「セシャット(Seshat)」と呼ばれる人類進化史に関する大規模データベースを構築したうえで、そのビッグデータ解析によって導かれたものです。

この研究は「ネイチャー」の最新号に論文が掲載されており、研究を進めたのは、慶應義塾大学環境情報学部のパトリック・サベジ特任准教授、オックスフォード大学のハーヴェイ・ホワイトハウス教授、ピーター・フランソワ教授、コネチカット大学のピーター・トゥルチン教授らの国際共同研究グループです。



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神は人口が100万人を超える社会に現れる傾向が判明

神への信仰は、人口100万人を超えるような社会の出現後に現れる傾向が判明。つまり、複雑化した社会を維持するための仕組みとみなせそうだと。過去1万年にわたる人類史データから400以上の国家の記録を分析したそうです。ネイチャー最新号に論文が掲載

慶応大の研究者もチームに参加。プレスリリースはこちら。 社会の複雑性の進化によって「神」が生まれた?-ビッグデータ解析により世界の宗教の歴史的起源を科学的に解明-:[慶應義塾]

神への信仰がもとになって社会が大規模化、複雑化していく、という従来のストーリーではなく、社会が複雑化した結果、神が誕生したというのがポイントらしい。

魯迅の「故郷」の一節を思い出した。 「希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えぬ。 それは地上の道のようなものである。 地上にはもともと道はない。 歩く人が多くなれば、それが道となるのだ」

サピエンス全史でしたっけ 虚構を信じる事ができたので、他の類人猿より大規模な群れを形成できた。 って奴。 企業も100人越えると1人1人の顔がわからなくなり、組織作りが変わるそうです。 そこで企業理念が重要になるとか。

「超大国をなぜか除いて、人口1億人を超すと政治が破綻する」って持論があるんですが、ちょうどこちら(人口100万人超えると維持のために神の概念が必要)で補完できそう

アメリカも分割自治ですもんね。中国もそうかなー

20年前から行われてる「神を感じる脳回路」の実験があります、ローレンシャン大学のパージンガー博士。 こめかみよりも少し後部、脳で言えば側頭葉に相当する場所を磁気刺激すると、存在しないはずのものをありありと感じるそうです。 900人以上で40%程が何らかの知覚体験を訴えます。 正にtempleです

これ基本的には... 社会の規模が拡大すると、赤の他人、見ず知らずの者が増える。 なので人々が互いを信頼に足る人物なのかどうか、測る為の共通した尺度が必要になる、という事なのだろうか?

信仰とか法律がキツイところはそうなってないと社会が維持できないって意味なのかね

「ダンバー数」を思い出す。150人くらいの集団ならば警察機構や階級がなくても社会を維持できるけど、それ以上になるとそういった機構がないと維持できない。信仰も警察機構や階級のように複雑性を縮小させる装置なのかも。

田舎の集落から都会に民衆が大勢吸引されて、そうした人々が新たな宗教を必要とするときに、都会型の宗教が提示されるというのはありそう。創価学会とか。

市場が成立すると、神の見えざる手が働くのは経済学では正しいですね。

魯迅の「故郷」の一節を思い出した。 「希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えぬ。 それは地上の道のようなものである。 地上にはもともと道はない。 歩く人が多くなれば、それが道となるのだ」

反例にイースター島とかぶつけられないかな。

細部に神は宿るというが、複雑化するからこそ、神の宿る余地が生まれるのだなぁ。 武道と宗教の親和性は、そこか? 複雑化した技術や思考を維持する為。

達人の突きには、物凄い量のエッセンスがあり、その中には矛盾を孕んだ物も沢山あるだろう。 それすらも調和させるのであるから、その現象をなんと呼べば良いのか。 やはり、神であろう。

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興味深い記事ですね そしてこのツイートだけでもなんとなく納得できてしまう説得力があります

敬虔さの方が primitive で、神の方が制度的なものなのかもしれない

僕は常々思ってるけど、人類が支障なく共同生活を歩める基本型が150人程度の村を単位とした複数の村の緩やかな集まりによる物々交換社会までで、それを越えてしまい不具合が発生したので統一意思を持たせるために宗教というパッチを当てたけど、さらに人口が増えすぎてバグが多発しまくってるのが現代

神とは道徳的裁定者のことだと定義的に決めているからそういう話になるんだろうけど、神とは超越的行為者だとすると単純な社会でも神は表れるだろう。実際、猛獣や微生物のように人間の素朴な感情にとっては超越的行為者なものが世界には跋扈している。

ファンが100万人を超えるコンテンツは宗教

衛生と疫病との繋がりも考慮したい 遺体がゴロゴロ転がってると衛生面に問題が起こり死の連鎖が起こる 墓地を機能させる為には宗教の起こりは避けられない 近場の森に投げ捨てればOKな狩猟民族と墓地を維持しなければ病により滅亡しかねないボーダーが100万人の可能性はある

社会が複雑化した結果、神が誕生した。共同幻想は情報処理しきれない複雑な社会をシンプルに捉えるための仕組み

サピエンス全史今読んでるけど、この手の話面白い

この仮説が衝撃的な理由は日本人には理解しがたいが、ユダヤ教系一神教体質で育った人には猛烈だろう。

人は神により創造された が、神は人の著作物 鶏と卵みたいやね〜、とか笑ってられるのは日本人だけみたいな話ですね

日本神話では天之御中主神以降、神々が生まれ、伊弉諾伊弉冉が国産みしたら、出来た大八島には既に人がいて、神も人も結局もとからいた、と言うか気づいたらいた、と言うか分からないから書かないと言うノリで、ユダヤ教系一神教とは全然ちがいますね。

科学的な推論だが、ここは100万人のサルみたいなニューエイジ妄想もしてみたくなる。100万人人間が集まったら、神が来迎する超自然的システム。

言っちゃうと法律や道徳教育の前身やし

『サピエンス全史』の記述と大筋で合致ってことかー。

結局宗教って言うのはルールを守らせるためのシステムなんだと思う。 罰が現世に来るか、死んだ後に来るかのちがいくらいで

人々が恐ろしい神を崇めた結果、複雑な社会が出来たのではなく、複雑な社会が出来ると、恐ろしい神が崇められるようになったとの話。複雑な社会で人々に良い振る舞いをさせるのに恐ろしい神が役立ったという。 でもどうして社会が複雑化しても人々が恐ろしい神を崇めず悪い振る舞いをしまくるという可

能性もあったはず。どうして都合よく恐ろしい神が出来たのだろうか。

日本での宗教の成り立ちがそんな感じだったような。。。極楽と地獄だったか。。。

社会の動きが個々人のミクロからは想像つかなくなる、言わば「マクロの発生」の閾値みたいなもんなのかも

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アニマ信仰とは別の、GODという概念の拡大に関するかな

神の信仰は社会的複雑さの増大に先行するのではなく、むしろ後続する傾向にあることが明らかになりました。宗教的儀式は、神の信仰が生まれる何百年も前に出現する傾向にあり、宗教的儀式を通じた集団行動が、人々の協力関係を促し、大規模な人類社会を形成する要因となった


100万人を超えて現れるのは「人の罪を裁く神」 信仰自体はそれ以前から存在する

英文でソースを探したけど、これ神は神でも「人の罪を裁く神」の概念がいつ発生したかじゃん 最も原始的なアニミズム的な神じゃない

「神への信仰は、人口100万人を超えるような社会の出現後に現れる傾向が判明。」 これは相当な読み違い。英文記事の題は"When Ancient Societies Hit a Million People, Vengeful Gods Appeared(古代社会は人口100万人に達した時、応報の神が出現する)"であって、信仰そのものの出現の話ではない。

" Savage said. "In really small societies, like very small groups of hunter-gatherers, everyone knows everyone else, and everyone&039;s keeping an eye on everyone else to make sure they&039;re behaving well. Bigger societies are more anonymous, so you might not know who to trust."

"At those sizes, you see the rise of beliefs in an all-powerful, supernatural person watching and keeping things under control, Savage added."

パトリック・サヴェージは以下のように述べている。「極めて小規模な狩猟採集集団のような社会において、その成員は全員が顔見知りであり、他人が良き行いをするように目を光らせる事ができる。より大規模な社会においては多くの者が顔見知りではなくなり、誰を信用できるのかが分からなくなる。」

サヴェージは以下の事も付言している。「そのような規模の社会において、全能の超常的な人物が監視し、見守る中でコントロールしているという信仰が勃興する」。


日本の社会に神は存在するのか?

社会的複雑性が神より先行する ってことは、社会が複雑になると新たな神が求められるってことでもあるか?:【プレスリリース】社会の複雑性の進化によって「神」が生まれた?-ビッグデータ解析により世界の宗教の歴史的起源を科学的に解明- | 日本の研究.com

考えて見るとローマ帝国は大きく拡大してから新興宗教であるキリスト教を受け入れ、ビザンツとペルシアの対立の影響で貿易路がメッカ経由に移ってから大商人の子としてムハンマドが生まれた、20世紀の宗教ともいうべきイデオロギーは産業革命で社会が大きく変わった後に熱狂的に受け入れられた(続く

続き)現代の宗教過激派も冷戦終結後に欧米の文化が雪崩れ込んできてから過激化した印象、またいわゆるリベラルとか人道とかそういう考えも複雑化する社会の中で宗教的な熱狂で支えられている気がする。そうすると宗教的な対立は社会の分断ではなくて複雑化から来る当然の帰結になるのかな?

複雑化した社会で神が求められるのであればこれから神の重要性はどんどんと増しそう。そういう意味では日本は古来から続く天皇家が現人神として在位しつつ市井では何でもかんでも神だと祭り上げるので安定しているのかも? あるいは今後スパモン教、神絵師、AI信仰などが世界を席巻するかもなw

日本の宗教って仏教が入ってくる以前の古来からの信仰混じってるから何教とは言い切れないんだけど、日本人って昔から「短い時間 現れて消える鮮やかなもの」は神だと考えてたらしい。

刀が無くなった戦後って天皇人間宣言で日本から神が居なくなった、神道の崩壊=日本宗教の崩壊でもあったので、信仰の依り代であった刀も同時期に無くなっていったのがなんかね…武力抗争が無くなって平和になったからという点も確かにあれど関連性が無いとは思えないのだよ…

ラノベでよくある土着神の力=信仰者の人数という観念はとても日本らしい合理化だと思うんだけど西洋人はどういう受け止め方をするのか興味がある

日本は特殊な例で、千年以上も神道と仏教が上手く共存出来ていた。 なにしろ、神道の最高司祭が天皇で、同時に仏教の保護者でもあったから。 万世一系なので権力交代の弊害が少なく、それは武士の時代になってもあまり変わらなかった。 明治時代の神仏分離令と神社合祀例くらいかしら。 ( ̄∇ ̄)ノ

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近代化するのに邪魔だったんですよね。山を崩したり森を切り拓こうにも、至る所に神仏が祀られていたし。要は土地が必要だった。 ( ̄∇ ̄)人

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日本も中央集権によって一神教化しようとした節があるんですよね。アマテラスさんも、宮中で祀られていた頃は、大和(オオヤマト)の神さんと同格に扱われていて。最初から最高神だった訳ではなさそうですし。 古代エジプトのアテン信仰と同じで、氏族の力が強過ぎて出来なかった。 ( ̄∇ ̄)ノ

宗教的儀式→社会の複雑性→神の信仰という流れなら、日本列島社会にあてはめると、集落の“カミ”から国家の“神”みたいなことになるのかなあ。


まとめ

原始的な宗教は自然の厳しさや人生の理不尽さに耐えるための儀式、フィクションであったのだと思います。

それが100万人を超える大きな社会になると、神は規律に反した人間を裁く存在になる……というのが今回の研究結果です。これは規律に反した人間を裁く神がいたから社会が発展したという通説を覆すものです。

より具体的に言えば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が展開する神が世界を作った、いわゆる天地創造説に反する研究結果でもあります。

日本では、戦前は天皇陛下を神とし、戦後は特定の宗教というよりは仏教、日本神道、儒教の影響下で「悪いことをしたらバチが当たる」という規律を持ってきました。よってこの研究が市井の人々に与える精神的ダメージはないものと思われます。

日本人として、あえて気になる部分があるとすれば、100万人という数字についてです。これは宗教の規律なしでやっていける限界が100万人ということなのか、それとも100万人くらいの規模になると「人を罰する神」を持った宗教を作り出す、ずば抜けた天才が出現するのか、どちらなんでしょうか。

なんとなく前者であるイメージはありますが、であるならば1000万人、1億人などの節目で何かが限界を迎えていたのかもしれません。

たとえば、上で引用したツイートに「1億人を超えると政治が破綻する」と書いていた人がいましたが、確かにそうかもしれないと思いました。

アメリカや中国は日本より人口が多いが、政治は日本よりは機能しているので、一見あてはまらない説のように見えますが、アメリカや中国や多極主義で分割統治が発展した超大国なので日本と同じ土俵では語れないでしょう。一極集中の中央集権国家の政治が機能する限界が人口1億人…と読み替えると私の理解に近いです。

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科学

Posted by galapgs