日航機墜落の真相…謎と陰謀論まとめ

1985年8月12日に発生した日航機墜落事故はいまだ真相の解明に至っていません。自衛隊誤射説、米軍による撃墜説など、陰謀論的なものも含めて様々な説がありますが、この記事では日本航空123便の墜落事故に関する諸説、謎、タブーをまとめてみました。

日航機墜落事故とは

日本航空123便墜落事故(にほんこうくう123びんついらくじこ)は、1985年(昭和60年)8月12日、東京(羽田)発大阪(伊丹)行同社定期123便ボーイング747SR-46(ジャンボジェット、機体記号JA8119、製造番号20783[1])が、 ボーイング社の不適切な修理が原因とされる後部圧力隔壁の破損により、垂直尾翼と補助動力装置が破損し油圧操縦システムも全喪失、結果迷走飛行へ陥った末に群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根」)に墜落し、乗員乗客合わせて524名中、520名が死亡した、単独機で史上最悪の航空事故で、史上最悪の墜落事故である。

今日は何の日? 航空安全の日,茜雲忌 1985年のこの日、日航機123便が群馬県御巣鷹山に墜落し、 520人の犠牲者を出した。生存者は4人だった。 遺族らがつくる「8・12連絡会」が編集したメッセージ集のタイトルから 「茜雲忌」とも呼ばれる。 航空安全の日 茜雲忌 旅 お盆

日航機墜落事故の原因として有力な説

自衛隊による誤射説

日航機を的に自衛隊が訓練 うっかり実弾命中、墜落 米軍にばれる 日本政府が黙っててほしいと懇願 アメリカが見返りにプラザ合意を要求 日本要求を全て受け入れ 急激な円高で日本製品が海外で高騰 製造業が急激に海外へ拠点を移す て本当なんですかね? #日航機墜落 プラザ合意


自論ですが、日航機墜落は自衛隊か米軍あたりの演習の誤射であった気がしてならないのです。あくまで自論。中曽根さんが墓場まで持って行かなくちゃならないってことは、やはりそういうことかなって。そんな彼も今年5月に100歳を迎え、まだまだお元気ですけどね


日航機墜落事故、もう随分たつんだ。あのボーイング機、自衛隊の試射のミサイルかなんかに撃たれたんかね?自衛隊がしでかしたんじゃ、シャレにならんから、揉み消したんだよな。ユーチューブに色々動画あるけど、怖いね、政府は。ボーイングのミスにしたせいで、ずっもボーイングを買うハメになって


日航機墜落事故の本当の原因はなにか?当初からいろいろな憶測が流れていた。しりもち修理ミス 隔壁の破壊 垂直尾翼の破壊 という公式の事故原因には ?が多い。で、海に落ちた部品を引き上げないのはもっと??です。いちばんやばそうな推理が自衛隊機の模擬ミサイルがあったたというもの


昨日のゴールデンラジオで、森永卓郎が日航機墜落について話をしていて興味深かった。 1.自衛隊機の演習失敗で誤って撃墜 2.ボーイングに責任をなすりつけるも、その後、日本が航空機買うのは同社からが主流 3.特定秘密保護法は、この事実を隠ぺいするため


日航機墜落事故 どう考えても自衛隊か米軍に垂直尾翼を吹き飛ばされたとしか思えない。 当時、機内から発見されたカメラで、演習標的用ミサイルがカラーで撮影されていたのだが、それを新聞か週刊誌で見た記憶がある。 御巣鷹山 nhk news7


↓「青山氏は、次のような可能性を提示している。自衛隊の訓練用ミサイルなどの飛行体は、オレンジ色で塗られていた。何らかの理由で、その飛行体が123便の尾翼を破壊したため、123便は制御不能に陥ったのだ」 …自衛隊が日航機墜落事故の原因の可能性…それを国が隠ぺい…?!


ネットや検証本などではこれを疑問視する声が多く、何と「自衛隊のミサイル訓練の失敗による、人災事故」だという説があるんだそうな。自衛隊のミサイル訓練で仕様る誘導機(的みたいなもの)がオレンジの飛行物体で、日航機の尾翼にこれがぶつかった証拠写真なんかもあったりして。


❶中曽根康弘現99歳「日本は米国の不沈空母なので軍事費予算を上げる」 ❷日米軍事演習で自衛隊の護衛艦が発射したオレンジ色の演習用標的機が日航機の尾翼に激突。 ❸御巣鷹山近辺住人が墜落した場所を直ぐに警察に電話。政府や米軍が 誤情報流しマスコミ混乱。中曽根は軽井沢静養を優先し来ず。

米軍による誤射・撃墜説

NHKスペシャル 日航機事故空白の16時間 9:00~9:54  これなんかまさに横田空域内でおきてるんで米軍は全て把握してるはず。松本清張が生きていたらどう推理するか?類似事故「もくせい号事件」では清張は米軍戦闘機による撃墜と推理した。


米軍の誤射で撃墜された事故だったかな、マレーシア機撃墜事件とほぼ同じ話なんだがなぜか日本人は米軍に抗議しない。民間機撃墜されて怒らないとか日本人もちょっとどうかしてる。 / “「ドーン、ドーン、ドーン」日航機墜落29年目に判明した…”


JAL123便の真実 →JAL123便が核弾頭を輸送していることを米軍が突き止め、ミサイルで攻撃した。 →核弾頭輸送を隠蔽するため、自衛隊は日航機を御巣鷹山までおびき寄せ撃墜した。 →自衛隊は米軍機、自軍機、さらには偵察のみのNSA機、ソ連機まで全機撃墜。


日航機撃墜事件はいずれ真相を解明しなければならない、今のところ当事者は口を噤んでいるがやがて話し出すだろう、特に自衛隊の隊員の証言が重要である、それから米軍の当時の動きも気なる事件後の素早い米軍の行動は何かを知っているのだ、とにかく政権が変わらなければ手も足も出ない。


日航機墜落事故は実際は在日米軍によるミサイル誤射で墜落したという説はずっとくすぶってますね。状況証拠的には私はその説については合理的推測の範囲にあるように感じています。


坂本九が犠牲になった日航機墜落事故、米軍のミサイル誤射説がある。遺族には申し訳ないが、私はそれも大いにあり得ると思っているが、放置している。真相を暴いたところで、私個人に何のメリットもないからだ。だから公式発表のとおりであるということにしておく。これも騙されているのではない。


日航機、wikiで調べたら、米軍が怪しい行動してた。誘導ミサイル誤射ってのはあり得るかも。>当時123便を捜索したC-130に搭乗していた元米軍中尉が、(中略)、救助開始寸前に中止を命じられ、またその事実も他言しないよう上官から命令されたと証言した[13]。


常々、成田から伊丹や関空へのアクセスが殆どない事にも疑問があったが、過密過ぎて発着枠を作る事が出来ない。まあそもそも成田は横田空域を避けるために作った訳だが。そしてJAL123便は横田空域内で墜落した。自衛隊機も米軍の許可無には空域には入れない。事件は全て米軍の手の内だった訳だ。

日航機墜落事故の謎

政府はなぜ米軍の救助申し出を断ったのか

日航機墜落事故では生存者が500数十名中わずか4名、しかし少なくとも墜落直後では幾ばくかの生存者がいたらしい。関連著書のアマゾンレビューを見れば、米軍に応援を頼むことをできたはずなのに(米軍機が現場に真っ先に到着している)、自前でやろうとして救助が翌朝(16時間後)になったとも。


日航機御巣鷹山墜落事故について森永卓郎氏は興味深い指摘をしている。墜落後2時間で米軍ヘリは救助活動を始めたが指令により中止せざるを得なっかった。自衛隊もしくは米軍のミサイル発射により尾翼を失い墜落したものだが、この真相を知られまいとして救助を大幅に遅らせ闇に葬った。解明を望む。


日航機墜落直後、米軍の救助の申し出を「ちょっと待ってくれ」ってスルーしたやつ誰だよ。あとで「誰が許可したんだ」とか大筋と関係ないところですったもんだするのがイヤで、責任取りたくない中央官僚が電話に出ちゃったんだろうが。有事の際に素早い判断できない政府、価値ないな。JAL123


日航機墜落。あれから30年が経ちましたか… 墜落直後には米軍は追加地点に到着しておりこの後の対応を日本側に対して求めたところ、日本側はこの対応が自衛隊、警察、消防のいづれになるか決めかねて米軍に対応不要としたんですよね。 その結果16時間もの時間が無駄に過ぎたのです…


こないだのNHKの検証番組と決定的に違うのは、墜落直後に米軍のC30が墜落地点を特定してて、海兵隊がヘリを出す直前に自衛隊側からストップかかった、という話が出たことだなー。(ナショジオの御巣鷹山日航機墜落検証番組


人命救助の時に、面子を保つとか現場の混乱が~という理由で外部の協力を拒むのは、本当に人類の悪習と思う。日航機墜落のときだって、米軍のほうが早く墜落現場を特定してたとも 読んだし。命を助けるためにベストを尽くすべきで、組織のプライドなんかどうでもいいだろうと思う


何年か前に週刊文春か何かで、元米軍将校のインタビューを読んだけど、御巣鷹山の日航機墜落現場は米軍が墜落当日の夜に発見していたらしい。自衛隊が現場を確定したのは翌朝。将校たちはその場で救助に向かいたかったけど日本側から反対されたため引き返すよう軍上層部から指示されたと言っていた。


日航機墜落から30年なので前から言われていた疑惑が再び出てきたな,墜落場所で米軍が救助しようとしたことを日本軍がやめさせたことなどは全員が死ぬまで待って証拠隠滅を図ったとしか思えないな,原発爆発の時に証拠隠滅改竄や嘘発表を官僚がしたことを思うと空軍が誤射して落とした説もあり得るな


報道ステーションで日航機の事故の特集してるが、当事、事故現場には、米軍横田基地からのヘリがいち早く到着し日本政府に救援の許可を求めたが、政府が日本国内なのに米軍の救助が一番てのは流石にバツが悪いので許可を出さなかったため本来助かる人々が亡くなったと云われたが真相はどうなのかね?


ケビン・メア『決断できない日本』を読んでたら、46ページのあたりに、御巣鷹山の日航機墜落事故の時に、米軍が夜間捜索できる捜索救助部隊の派遣を打診したのに、日本政府が断ったことが書いてあった。その夜に救助がなされれば二十人ぐらいは助かったはずと。ネトウヨはこれは怒らんのだろうか。

自衛隊の救助はなぜ翌朝になったのか

日航機墜落の謎。墜落現場の『公式な』発見まで半日かかっている。もちろん瞬時に自衛隊が駆けつけてる。生存者は多数いたのに救助より何かの回収。ご遺体は骨まで炭化していたのに周囲の木々や散乱した紙類は焦げてる程度、まるで人だけを狙ったかのような…。そんな自衛隊ミサイル説。 日航機墜落


日航機墜落事故って一番最悪だったのって、米軍が「救助手伝うよ」って申し出たのを断って、自衛隊が御巣鷹山まで行ったけど夜間装備持ってこなかったから次の日の朝に助けに行ったことじゃないかと思うんだ


御巣鷹山の日航機墜落事故から30年になる。この事件をきっかけに航空自衛隊をやめた人がテレビで言っていた。すぐに救助に向かわなかったのは墜落した場所が判らなかったからだと言い訳するけどRF 4偵察機を飛ばしたりもしてない。国民のために働く気がないんだなと、がっかりして辞めたそうだ。


日航機墜落の直後、航空自衛隊では上空から墜落事故を確認していた。 事故発生から、救出開始までの「空白の16時間」。 遺族間ではいまでも「空白の16時間」が無ければ「救えた命もあったのでは」との思いがわだかまっている。 nhk NHKスペシャル


30年目になる日航機墜落事故。当時の警察、自衛隊の墜落地点特定作業の迷走ぶりが、これまで開示されなかった記録から判明。なんと、初期の段階で、御巣鷹山が墜落地点とわかる情報があったにもかかわらず、情報を正しく判断できるエライ人がいなかったため、16時間も犠牲者は放置された(ToT)


今夜NHKスペシャルにて、日航機墜落の検証報道をしていたが、警察・自衛隊・米軍の情報が錯綜して救助活動が遅れたらしい。当時の日本は、官邸危機管理センターが365日24時間稼動していない。安全保障会議も無かった。あれから30年、着実に日本の危機管理システムは進化しているのですね。


日航機墜落事故で墜落の目撃者の通報があったのに…自衛隊のヘリが捜索し燃える機体を写真に撮っていたのに…、場所の特定が絞られていたのに、何故捜索時間が16時間もかかったのか?何故事故後に捜索に時間がかかった事を検証しなかったのか? タカンの情報ではなく警察の誤情報を信じたのか?


門田隆将「風にそよぐ墓標」(日航機墜落事故のノンフィクション)の巻頭にある、自衛隊ヘリに救出される川上慶子さんの写真、撮影者の曽我陽三を検索すると、著作権管理団体の理事長になっていた。


日航機事故慰霊の日。先日のNHK特集によると自衛隊ヘリは「墜落現場に行ったが夜間は自分が遭難するので帰って来た」そうだ。事故の救助でさえ国民は16時間放っておかれた。戦争になつたら助けてくれると思うか?米軍からの支援申出は断ったのに。結局、旧軍と同じ体質。

日航機墜落の直後に結ばれたプラザ合意との関連性

戦後史の一つの転換点となったのが1985年9月のプラザ合意です。 それによって、円高ドル安と日本のバブルが始まったのは周知の通りですが、1990年バブル崩壊後、米国による日本支配が加速しました。 そしてプラザ合意の1ヶ月前の同年8月に起こったのが、日航機墜落事故です。


福島でも自衛隊が、その処理を任され、米軍の為に工作活動をしました。1985年の日航機事故も同じ。墜落後すぐに自衛隊が現場に到着し、ミサイルの部品を回収、まだ50人以上いた生存者たちを口封じの為に殺害しました。報道の発表では「朝まで発見できなかった」というのは、嘘です。


中曽根康弘 1918年(大正7年)5月27日 (100歳) 1985年(昭和60年)8月の日航機墜落事故において「真実は墓場まで持って行く」と発言。同年9月22日 プラザ合意により、円高を容認。12月には内閣改造を行う。1986年に発生した伊豆大島の三原山噴火では、首相権限で海上保安庁所属の巡視船や南極観測船を出動


80年代は1985年を境に(プラザ合意や日航機墜落)雰囲気が変わった。前半は総中流的で牧歌的、後半は狂乱の時代。70年代は前半は学生運動、でもロッキード事件を境に雰囲気が変わった。90年代は1995年のオウムと阪神大震災で変わる。


1985年、プラザ合意(先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議)の背景と日航機事故 が発生した1985年、未曾有の520名が死亡、一月余りの9月、米国においてプラザ合意が電撃締結。これにより、1ドル240円台前後だった為替レートが、1年後には150円台になる急激な円高が始まった 中曽根が嵌められビビリよった


日航機事故が自衛隊のミスでそれを米国に庇ってもらい、借りを作った中曽根政権がプラザ合意で譲歩させられたってことか。筋が通っている。


やっぱり、85年8月12日の日航機123便の墜落事件は米軍の仕業じゃないのかな。仕方なく同年9月22日にプラザ合意を結ばされた。言う事聞かなきゃもっと落とすよという風に言われて。夜、いったん救助隊が来たようなのに翌朝まで乗客は放置され死者が増えていった様なことを書いてる人がいます


32年前の9月、プラザ合意で日本は超円高につながる国際誘導にゴーサインを出した。その一か月前、日航機が墜落しました。この間には関係があるとする陰謀説がありますが、真相はどうだったんでしょうね?やはり単なる大事故だったのでしょうか?


プラザ合意前の「脱米国」という日独仏の基本スタンスがくっきりと見えてきます。そんな矢先に起こったのが次の大事件・大事故です。 (1)1985年7月 虹の戦士号爆破事件(フランス) (2)1985年8月 ドイツスパイ事件(西ドイツ) (3)1985年8月 日航機事故(日本)


日航機墜落事故、プラザ合意締結。以後、急激な円高が進み、翌年1986年には日本の市場開放を求める前川レポートが発表されます。そして過剰なバブル経済が生まれ、弾けた後、坂道を転がり落ちるかのように日本の経済は失われた20年〜30年へと続くのです。 偶然と言えば偶然かもしれないが?


1980年代から続いた日米半導体戦争は、熾烈を極めた。 83年半導体先進国アメリカを 日本が追い抜く。 しかし、此処から、様々な圧力が手を変え品を変えて掛かる。85年、日航機123便が墜落。程なくプラザ合意が締結。93年再びアメリカが半導体分野でトップとなる。


日航機墜落事故って今日だったのか・・・石原さんが“プラザ合意させる為にアメリカが落とした”と深夜番組で暴露した映像が昔youtubeにあがってたけど見つからんなぁ(´・ω・`) ・・・ちなみにこれさ、マレーシア航空機の事件とも酷似してんだよ、TPPヤバくね?


明日は,8月12日 今年は戦後70年,また,JAL123便 日航機墜落事故から30年の年にあたる. 事故原因は,私も佐宗邦皇氏の言う,プラザ合意を日本に受け入れさせるための,アメリカ軍による武力威嚇攻撃だと思う.また,グリコ森永事件も大きく係わっていると思う.


そして日米は、キッシンジャーと中曽根によって分断され、憎しみ合い、ともに弱体化していった。そしてアメリカの弱体化の決定的な契機は、プラザ合意ですが、このとき起こったのが日航機123便墜落事故です。これは事故原因は不明とすべきなのですが、なぜか圧力隔壁の損傷と断定されている。

日本製OSトロンの技術者17人が乗っていた?

落合陽一に日本初のOSか検索エンジン作って欲しいわ🤔日航機墜落事故で純国産OS「トロン」開発プロジェクトの技術者17名が死亡したのだが、これが陰謀なんじゃないかって思えるほどマイクロソフトとグーグルに完全支配されてる。と思ったら既にTRONは「はやぶさ2」の制御システムに使われてるのか。


都市伝説の域だけど、1985年の日航機墜落事故は、トロンOS技術者を消す為だった、とかいうのまでございます(この事故で10人以上の技術者が亡くなっているのは事実)トロンOSが大活躍したのが、ガラケーというハードなんですよ〜


日航機墜落事故から31年。あの機には、当時最先端の国産OSトロンの技術者17人が乗っていました。あの事故さえなければ、Windows 以上のOSだったはずです。なにせ無償でしたから。あの機は撃ち落とされました。ググってみて下さい。この国のタブーに触れる大事件ですから。


もう一度言う。 「政治分野に対する米国支配の存在」 日本人はやっと気付いた。 だが、 「科学技術に対する米国支配の存在」 これには、依然盲目。 WIN黎明期に日本のトロンOSを葬るために米国は「トロン」という映画まで製作した。 そして日航123便と共にトロン開発チームが消滅した。


「日航機」で検索してみると、TRON開発技術者のほぼ全員が墜落死していたっていう本当にどうしようもなくアレなデマがけっこうされてて、頭から信じ込んでる素直な人さえいて、電脳都市に生きる21世紀の未来人がまさかこんなにアレだとは坂村健先生も1985年に想像してなかっただろなあ。


ちなみにBTRONがアメリカの不公正貿易関係で睨まれていたという事と、TRON開発者の乗っていた日航機が墜落した事を結びつけた陰謀説は昔からありますが、組み込みOSとしてのTRONは世界的に見てもシェア高いので、ただの妄想だと思います。

松下グループの社員17人が日航機墜落で死亡したのは事実で、その中にはたしかにトロンOS開発に携わるエンジニアが含まれていました。が、トロンOSは現役でさまざまな機器に組み込まれており、アメリカの陰謀で暗殺された説はいくらなんでも無茶苦茶すぎると思います。

マスコミで報じられていないタブーと陰謀論

墜落前の蛇行するJAL123便を自衛隊のファントム機2機が追尾していた説

JAL123便の本、当時の目撃情報がヤバすぎる。読んでて背筋が寒くなるレベル。日航機をずっと追尾していた戦闘機ファントム2機が、多くの人に目撃されている。日航機は墜落するまで、超低空飛行をしてたので、ものすごい数の人に目撃されてたらしい…


8月12日、私は、実家に不幸があり、吾妻郡に帰省していた。6時40分頃、突如として、実家の上空を航空自衛隊のファントム2機が低空飛行していった。その飛行が通常とは違う感じがした。『何か事故でもあっただろうか』と兄と話をした。7時20分頃、臨時ニュースで日航機の行方不明を知った。


これらの目撃情報から推測できることは、次の通りである。墜落前の日航機を追尾していたファントム2機は、公式発表には出てこないが、実際に目撃されている。その2機は、日航機の垂直尾翼付近の状況や飛行状況を把握しながらこれを追尾し、最後の墜落地点まで見届けた可能性がある。


昨年の週刊金曜日8/7・14合併号より青山透子さんが『隠蔽された戦闘機2機の追尾』と題して ①日航機墜落事故当日18時40分、非番の自衛隊員K氏が群馬県吾妻郡東村の実家に帰省中、実家の上空を航空自衛隊のファントム2機が低空飛行していく様子を目撃。日航機墜落事故 御巣鷹山

自衛隊射殺の緊急テロップがNHKで放送された説

ハルビン行きの飛行機に乗りながら元日航CA青山透子著「日航123便墜落の新事実」を読んだ。あの日、確かに「自衛隊員が射殺」という奇怪な誤報をTVニュースで見た記憶が蘇った。FLASHに森の中で死体が炭化している残酷写真が載ったが、確かに周囲の森は木々の形も残っており、


御巣鷹山の日航機墜落「事故」の本(青山透子著)読み始めた。こんなに疑惑だらけの「事故」だったとは知りませんでした。当時、新幹線やテレビの緊急ニュースで「救助に向かった自衛隊員多数が何者かに銃撃され死傷」なんていう情報も流れたそうだ。


御巣鷹の日航機墜落事故でどうしても気になるのが最初に「自衛隊員2名が射殺された模様」の緊急テロップ。やっぱり本当に流れてたんだな。でもこれは幻のテロップとなってしまった。ほんと謎だ 日航機墜落事故 日航123便 御巣鷹山


このツイートはありません。

このテロップの件って自分は見た事ないんですけどネットでは噂になってたんですよ。今読んでる本でやっぱり一度速報で出したらしいんですがすぐに誤報と言うことで幻のテロップになってしまってたんです。やっぱり流れてたんですね。今更かもしれないですけど絶対に忘れたくないですね!


8/13日航機墜落 9/23プラザ合意。 ”・米軍のヘリが墜落後すぐに現場を発見。救助しようとしたところ、なぜか撤退命令。 ・救助に向かおうとした自衛隊員が射殺された。 ・事件後、航空自衛隊員が相次いで「自殺」。 ・当時首相だった中曽根「真相は墓の中まで持って行く」。”


中略)日航機の墜落直後に、救出に向かおうとした自衛隊員が射殺された、 この話は、NHKがテレビで20:00に速報で流している。 「20:00上野村三岐待機自衛隊一群到着。待機命令に反して怪我人救助を急いだ自衛隊員1人射殺」(NHK) その後、放送で誤報と…


日航機墜落事故 自衛隊による隊員の射殺。 これは無い。 自衛隊は軍ではないから銃殺はない。 拘束されて処分されるぐらい。 あったとして、ニュースに上がる訳がない。あるならその映像を提出しなさい。

これは都市伝説的に出回っている話で真偽は未確認。とりあえず当時の映像やキャプチャ画像の類いはなし。

【2018年8月13日追記】
ニコニコ動画で当時の映像を発見しました。「待機命令を無視して救助に行こうとした隊員を射殺」というテロップが出ています。このテロップがコラかどうかは判別がつきません。動画は以下のリンクから、コラかどうかは各自で判断してください。

■出典

救助に携わった自衛隊員の不自然な自殺

日航機墜落の記事いろいろ読み漁ってたら同時期不自然な形で自殺していった自衛隊員が何人かいて、同性の痴情のもつれを理由に片付けられてたって記事があってなにゆえってなってる


週刊文春」の記事から (実際は事故が起きた1985年の翌年1986年7月頃から日航機の真相を仲間や身内にばらした自衛官らは殺されているようで、それをあたかも1981年から自殺率の調査をしたかのように1986年に急に「自殺する自衛官が年々、増加」と防衛庁は発表:防衛庁、自身が自衛官

生存者は自衛隊によって火炎放射器で焼かれた説

日航123便墜落の新事実という本がノンフィクション部門で1位になってる。日航機墜落事故で画像検索すると炭化した女の子の写真が出てくる。でも周りの木もお札もメモ帳も焼けてない。水分60%含む人間が炭化すれば、当然周囲も燃える。火炎放射器で女の子を狙い撃ちしない限り。本当に嫌な話だ。


日本航空123便撃墜事件を解決させます ほら。 1985年8月12日、日航機123便が撃墜され、ガソリン・タール混合ゲル状燃料を使ったM2型火炎放射器改良型で生存者を焼き殺し 1995年3月20日 地下鉄サリン事件 の高純度のサリンを作ったのは 共に陸上自衛隊普通科派兵、化学防護武器隊のある大宮駐屯地。


墜落時生きていた乗客を、炭化するほど焼きつくした、タールとガソリンの混合燃料はジェット機の燃料ではない。 現地にいち早く着いていた米軍を帰らさせ、公式な救助は翌日からだ。 事件後航空機はほとんどがボーイング社のものとなった日本の航空機。 アメリカの恫喝だよ。

管理人のコメント

日航機墜落事故に関する陰謀論は、ここで紹介した他にも「JAL123便は核弾頭を輸送していたが、米軍に察知され撃墜された」とか「核ミサイルを積んでいたことがバレないように米軍の救助要請を断った」など、さまざまなものがあります。

公式に発表された情報があまりにも不可解なため、陰謀論が次々と出てくるのだと思います。当時の中曽根康弘首相が「墓場まで持っていく」と思わせぶりな発言をした影響もあるでしょう。

そういった陰謀論である可能性を差し引いてもなお「何かを隠している」感が拭えないのもたしかです。

2015年にJAL123便の残骸が相模湾で発見されましたが、続報がなく、再調査をするという報道もありません。

もし、政府が日航機墜落に関して何かを隠しているならば、それが明かされるのは自民党政権が打倒され、アメリカとの同盟関係が終了、またはアメリカの軍事力や政治力が失墜したときだと思います。

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2018年8月12日日航機墜落事故

Posted by galapgs