「戦後ゼロ年 東京ブラックホール1945-1946」が明らかにした戦後日本の闇 CIA、天皇、自民党の支配構造

日本はなぜこんなにも不自由なのか、そしてこんなにも生きづらいのか。

2017年8月20日にNHKが放送した「戦後ゼロ年 東京ブラックホール1945-1946」という番組にそのヒントがありました。

この番組は、現代日本の問題点が戦後1945年から1946年にかけての「戦後ゼロ年」にできあがった支配構造にあることを明らかにするものでした。

われわれ日本人がいま直面している問題は、この頃からまったく解決されていないのです。

本記事では具体的には
・特権階級だけが得をするシステムの温存
・昭和天皇の人間性について
・CIAに保護され、占領軍に寝返った戦時中の軍国主義者たち

この3つをピックアップしてみたいと思います。

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特権階級だけが得をするシステムの温存

教科書などでは、戦後の日本は貧しく食うにも困る窮状であったことが記されています。

しかし、占領軍の計算では当時の日本には国民が2年間、食べるに困らない財産と食料が備蓄されていたそうです。

しかし、その70%は占領軍が上陸する前に跡形もなく消えました。日本軍および特権階級がそれを隠していたのです。

日本軍の隠匿物資 東京湾に隠された金塊

番組では、日本軍が東京湾に隠していた金塊が占領軍に見つかり没収されていた際の映像を流していました。

引き揚げられた金塊は現代の価値では数兆円分だそうです。

「欲しがりません、勝つまでは」などと国民に暗唱させながら、裏では軍部が自分たちだけは得をしよう、助かろうとして財産を隠していたわけです。

この金塊は、戦前の国民が納めた税金の一部でしょうから、国家犯罪、国民からの収奪と呼ぶにふさわしいものだと思います。

国民から取り上げた税金を使う責任ある立場の人間が不正を働き、それを監視する組織もないという腐敗の構造は戦後ゼロ年から変わっていないのです。

闇市というブラックホール

戦後には物資がなかったため、人々は違法であることを承知しながらも闇市で食料や日用品を購入したそうです。

当時の日本には国民が2年間、食べるに困らない財産と食料があったはずですが、当時の日本の権力者たちには、それらを国民に分け与えるという発想はみじんもありませんでした。

日本が持っていた物資を管理する立場にあった役人や軍人は、闇市に物資を横流しすることで財を成したのです。

そして番組では、さらに卑劣な国家ぐるみの犯罪を暴いています。

具体的には、闇市で米を買った人たち、そして田舎で農家から米を買い付けてきた人たちを警察が狙い撃ちし、彼らから米を没収するのです。

警官たちは、おそらく没収した米を闇市に横流しし、利益を得ていたのでしょう。

米の買い出しすら命がけ。警官たちに捕まれば家族が飢えるわけですが、国も役人も警察もそんなことはおかまいなし。

この構造は現代日本でも、基本的には変わりません。

たとえば、物陰に隠れた白バイが軽微な違反をした自動車を捕まえ、違反金を徴収する……運転していれば、一度は遭遇する理不尽な取り締まりですが、先進国の警察でそんなことをやっているのは日本だけです。

昭和天皇の人間性について

昭和天皇は敗戦国の国家元首だった人物であり、一般的には処刑されるべき立場でしたが、天皇の影響力を利用しようとしたGHQによって、戦後も天皇陛下として生きることを許され、皇室も存続します。

昭和天皇が戦争責任を免れたことで、日本という国家は第二次世界大戦を総括することができなくなったと思います。

たとえば中国や韓国が、戦中の日本軍による虐殺や慰安婦問題で噛み付いてきたとき、「あれは大日本帝国という国家の犯罪であり、現在の日本国とは関係がない。昭和天皇が処刑されたことで罪は償った」という返しができなくなっているのです。

ドイツは、ナチスを処刑・解体しヒトラーも死亡していますから、第二次大戦の戦争責任について問われても、「解決済み」と返答するだけです。この違いは非常に大きいと思います。

この一点だけを見ても、天皇制が存続したことのデメリットの方が大きいと思います。

右寄りの思想を持つ人間には、「天皇陛下はエリザベス女王やローマ法王と並んで世界で最も偉い」などと言って、天皇陛下が存在するメリットを強調しますが、私は天皇陛下がエリザベス女王と並ぶほど厚遇されている場面を見たことがありません。白人社会、いわゆる先進国では、言うまでもなくエリザベス女王やローマ法王の方が格上です。

昭和天皇の無責任な発言をあえて挿入したNHK

番組では、昭和天皇が全国巡航した際、家が焼けた少年への「焼かれたの?」と間抜けな声で話しかける映像をあえて挿入しています。

お前が戦争を始めておいて「焼かれたの?」はないだろう。そんなツッコミが想定されます。

戦後、天皇陛下は神から人間へと降りてきたわけですが、天皇陛下への不敬な発言は憚られる状況には変わりがありません。大手メディアも天皇陛下および皇室への正面からの批判はしません。

そんななかで、この昭和天皇の発言を挿入してきたNHKには明確な意図があったのだと思われます。

第二の玉音放送

番組では1946年5月に放送された2回めの玉音放送も紹介しています。

番組で紹介された文言はこちら。

同胞が互いに助けあって、この窮況をきりぬけなければならない。

国民が家族国家のうるはしい伝統に生き、区々の利害をこえて現在の難局にうちかち、祖国再建の道をふみ進むことを切望し、かつ、これを期待する。

2回めの玉音放送全文は宮内庁の公式サイトで閲覧することができます。

2回めの玉音放送は、皇居前で行われた食糧メーデーに25万人もの人が集まったことに身の危険を感じた昭和天皇が、国民の怒りを鎮める必要に迫られ、実行したものでしょう。

しかし、戦後の食糧不足に怒りをつのらせた国民に効き目はありませんでした。番組では、学生からも「言葉だけで実行がない」と一喝される場面を紹介しています。

当時は国民が飢えに苦しむ中、皇室は皇居の中で豪華な食事を摂っていたことが暴かれたため、批判が高まっていたのです

それにしても、この期に及んで「同胞が互いに助けあって、この窮況をきりぬけなければならない」と堂々と発言する神経には恐れ入ります。

NHKは番組内で、玉音放送の中から「国民の神経を逆なでしたであろう文言」のみを抜粋して紹介したわけですが、そこからは昭和天皇の人間性を批判する意図を感じます。私も昭和天皇はもっと批判されるべきと考えます。

CIAに保護され、占領軍に寝返った戦時中の軍国主義者たち

CIAは戦後日本を、反共の防波堤にする方針のもと、本来なら投獄、処刑すべきであった戦犯たちを保護しています。

その一人が戦中は陸軍中将だった有末精三です。番組でも彼の変わり身の早さを批判的なニュアンスで紹介しています。

児玉誉士夫のような、戦後日本のフィクサーと呼ばれる人物も、紹介していました。

番組で一貫していたのが、彼らの損得勘定にもとづいた寝返りを、「たくましい人物」というニュアンスよりも、むしろ「国民を裏切った人間」として紹介する姿勢です。

そして、このときアメリカに取り入った人間が戦後日本の支配層として君臨するわけです。

アメリカの代理人たちによる戦後日本支配

戦前の権力者=戦犯は、いったんは投獄されながらも、アメリカへの協力と引き換えに生きながらえ、戦後日本の特権階級として復活していたことが番組では描かれています。

民主主義国家へと変わっていきながらも、国民から収奪した税金で特権階級だけが得をするという支配の構造は戦前と変わらず、支配する側がそれが悪いことだと考えているようになったのもごく最近のことのように見えます。

国民がどうなったとしても自分たちだけは助かろう。戦中の権力者のほとんどはそのような人物であり、政治家、そして天皇陛下さえもそうであったことを伝える、そのことが番組の制作目的なのではないでしょうか。

アメリカにさえ従っていれば何をやってもいい。戦後日本の権力者たちの態度は一言で言うとそういうことなのですが、その原型が戦後ゼロ年にすでにできあがっていたわけです。

CIAの工作員として再び権力を手にした者たち

自民党がCIAによって作られた政党であることはよく知られていますが、戦後、CIAにの協力者になった人間が権力を手にしていったのはたしかです。

その代表的な人物が安倍晋三首相の祖父である岸信介でしょう。

満州国経営に携わり、東條内閣の閣僚でもあった岸信介は、戦犯被疑者として投獄されますが、1948年には無罪放免となっております。

岸信介は、正力松太郎とともに、CIAのからの資金提供を受けていた人物であり、この番組で扱われていないのはきわめて不自然ですが、それこそが「東京ブラックホール」がまだ存在することの証明なのかもしれません。

【まとめ】

政権への忖度がいたるところで見られる現代日本において、権力者たちにとって不愉快であろう番組を制作したNHKには、まだメディアとしてのエネルギーが残っていると感じました。

ディレクターは貴志謙介という方ですが、彼は「映像の世紀」などNHKの中でも硬派な番組を作ってきた人物です。

そしてこの番組はどうやら貴志ディレクターのNHK退職前の最後の作品だそうです。

最後だからここまで切り込んだ作品になったのかもしれません。また、仮に政権から「番組内容に偏りがある」というご注意が来ても、「制作した人間はすでに退職しておりまして…」という逃げを打てる計算もあったのかもしれません。

いずれにせよ、ある程度の覚悟を持って番組が作られたと感じます。

覚悟を持たないとこの程度の批判もできないという状況が異常なのですが、そのことを逆説的に浮かび上がらせたことが、番組制作の成果なのでしょう。

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